2007年02月27日

アカデミ〜ショウ!



アメリカのアカデミー賞の授賞式が日本時間の昨日、
ハリウッドのコダック・シアターで盛大に開催されました。

「バベル」の菊池凛子さん。
残念ながら助演女優賞は逃しましたが、これからハリウッドからも
お呼びのかかる女優になると思います。

今のところハリウッド映画にまともに出ることできる
女優は、工藤夕貴さんくらいですからね。

この人、木村拓哉が満月の夜にうさぎ男に変身するパソコンの
コマーシャルに相手役として出ていた人と同一人物とは思えない
ほど、正装するとかわいいね。

今回日本でも話題になった「硫黄島からの手紙」が音響編集賞を
受賞しました。

渡辺謙は「ラストサムライ」以来とんとん拍子やねぇ。
カトリーヌ・ドヌーヴと2ショットでプレゼンターですから・・

華やかなレッドカーペットでも有名なアカデミー賞は、
アメリカ映画の健全な発展を目的に1927年から始まった映画賞です。

「映画芸術科学アカデミー(AMPAS)」と呼ばれる団体に所属する
会員(監督・俳優・女優他著名な映画人等、アメリカ映画界に
携わる人達約5000名) の投票により選定されています。

ところで、監督賞のプレゼンターはなんと、
コッポラとスピルバーグとルーカス!

この三人が揃い踏みをするなんてなかなか見ることはできません。
この三人が揃って紹介するわけですから、マーティン・スコセッシ
以外の監督賞は考えられません。

6度目のノミネートでやっと受賞できたマーティン・スコセッシ。
やっぱ、嬉しそうでしたねぇ。

受賞作「ディパーテッド」は香港映画の「インファナル・アフェア」のリメイク作品。

スコセッシ本人はあまり好きな映画じゃないようなことを何かで
読んだ記憶がありますが・・

以前はロバート・デ・ニーロと組んだ作品が多かったのですが、
最近はレオナルド・ディカプリオ。

スコッセシ作品では、「タクシー・ドライバー」と
「レイジング・ブル」が好きですね。

アカデミー賞は受賞すると、賞の名称を刻印した金メッキの人型の
彫像が送られ、賞金の類は一切付録していません。

この像は別名「オスカー」というニックネームで呼ばれています。

その名前の由来は、アカデミーの事務員マーガレット・ヘリックが
その彫像が机に置かれているのを見て「おじさんのオスカーにそっくりだわ」といったことや、ベティ・デイビスが受賞した際に、夫に向かって「オスカー(夫の名)、やったわよ」と壇上から叫んだことなど、諸説が数多くあります。

いずれも有名な話です。


これに似たような逸話を持つネーミングが「スーパーボウル」。

言わずと知れたNFLの全米決定戦です。

今年はよ〜やくペイトン・マニングが悲願の全米一になったのは
記憶に新しいところ。

もともとスーパーボウルは1967年、ナショナルフットボールリーグ(NFL)の優勝チームと、当時もう一つあったプロアメリカンフットボールリーグであるアメリカンフットボールリーグ (AFL) の優勝チームによる対抗戦として始まったものです。

その後NFLとAFLは合併し、1971年からは旧NFLチームが主に所属するNFCの代表と、旧AFLチームが主に所属するAFCの代表が対戦する形となって今に至っています。

スーパーボウルの名が正式に使われるようになったのは第3回から。

この対抗戦になにかスカッとした名前をつけようと、AFLの創始者でAFL所属のカンザスシティ・チーフスのオーナーでもあった
ラマー・ハントが、娘がおもちゃのスーパーボールで遊んでいるのを見て思いついたといわれています。

あっ!これ!スーパーボール。・・スーパーボウル!
ええやんこの名前ってとこでしょうか。

ちなみにフットボールの「〜ボウル」というのはボールではなく、
スタジアムがお椀状になっているため、サラダボウルと同様の
ボウルですのでお間違いなく。

って何の話題を書いたんだっけ?

アカデミー賞!
がいつの間にかNFL。

まっ、いいか。


posted by 保険に強いFPです! at 21:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ディパーテッドも硫黄島からの手紙も配給元はワーナーブラザーズですか。
どっちに転んでもウハウハだったみたいですね。

「硫黄島からの手紙」は見に行ったんですが、時間の経過の描き方が雑だなと、ネタばれですが「機関銃の弾幕に、そんなにほいほい突撃してたら一月も持ちこたえてないって、日本軍はもっといやらしい戦い方したんとちゃうのかな?」的な感想だったんですよね。
Posted by 26feb1300 at 2007年03月01日 22:52
26feb1300さま。こんにちは。

わたし「硫黄島からの手紙」まだ見ていないんですよ。残念ながら・・・
昨年、NHKで硫黄島に関するドキュメンタリーを見ました。その時の生存者の方へのインタビューを中心とした内容でした。
どちらかと言えば、硫黄島の兵士たちは本土から見捨てられた玉砕部隊であったように思えます。壕に立てこもって米軍に奇襲・夜襲をかけるといった戦い方だったみたいです。
まず食料不足が致命的ですよね。どこの戦場においても。
私の伯父は戦争に行って、ブーゲンビルで食糧不足のため餓死をしたそうです・・
Posted by あっとらんだむ管理人 at 2007年03月02日 18:12
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